胸の苦しさから……逃れたい……。
これまでのように……元気になりたい……。
私の人生の中で、こんなに心の叫びとして願ったことがあったのでしようか。
これまでのように、普通の生活がしたい……もう、あきらめていたのに……。
早いもので、私が心臓病と診断をされてから、5年になろうとしています。
あの日のできごとは……私にとって、これからも忘れることができないでしょう。
初めての心臓発作がおきたのは、4年前の3月末のことでした。
いつものように、台所で夕食の準備をしている時です。
私には、いったい自分の体に何がおきたのか……わかりませんでした。
急激に胸が、どう表現をしてよいのか、はげしい衝撃を受けたと感じました。
胸全体が段々と……狭くなっていく感じになり、重圧感というのでしょうか。
私は、あまりにも苦しさで、段々と呼吸が止まっていくのではと感じました。
全身から汗が吹きだして、私の頭の中では、一瞬……死……が浮かびました。
いつも、携帯しているニトロ−ルを震えながら、やっと口に含みました。
胸全体が熱くなり、自分の手首に指をあてて脈を診ましたら、段々と脈が大きく指に触れるのがわかり、「ああ……助かったのだ」と心から感じました。
あまりにもの恐怖感が残っていたのか、心臓は……ボコボコと大きく鼓動していて、胸全体が長い間……重苦しくて、体中が動きませんでした。
私にとっては、心臓病として……初めての大きな発作……を体験しました。
それまでは、買い物に行った時、家事をしている時などに軽い胸の苦しさは、度々、繰り返していましたが、水分をとって安静にしていれば治まりました。
私の頭の中から、大きな発作の恐怖感を忘れ去ることができませんでした。
それが、かえって悪循環を繰り返して、何度もの発作につながってしまったのです。
病院で心臓病に必要な、あらゆる検査を何回も受けました。
でも私の心臓病は、お薬で心臓の血管を広げて維持する方法しかなかったのです。
これまでの様に、思うように生活をしていくことができなくなりました。
主婦としての家事の仕事も、少し無理をすれば……胸が苦しくなります。
主治医の先生から、「10分も歩けば、発作が起きます」と言われましたが、買い物など、外出をして長い間歩くと、胸が重くなり苦しくなってしまいます。
私にとって、日々の生活が大きく変わってしまいました。
毎日が……胸の苦しみとの闘いになる日々を過ごしているうちに、私は、精神的にも希望をなくしてしまい、生きているという実感が無い日々を過ごすようになったのです。
日々……ふと、私は何回も涙をながしている自分に気がつきました。
こんな希望をなくしてしまった私を……家族達は必死で支えてくれたのです。
私は、この精神的にも、肉体的にもの苦しみから逃れたいと心から願いました。
色々な趣味を楽しむことにより、忘れられるのではと挑戦をして見ました。
心が安らかになる音楽も聴きました。  読書にも救いを求めました。
そして、家族に協力をしてもらい、可憐な花々を育てて、だんだんと花々が育ち、可憐な花を咲かせるのを眺めては、私の心が癒されるのを求めたのです。
そんな……辛い日々を過ごしている、昨年の初夏の頃……ある日のことでした。
新聞の記事に、膠原病と闘っていらっしゃる患者の方がパソコンに向かって、病気の方々に呼びかけておられる姿の写真を、私はいつまでも眺めていました。
……病気になっても大丈夫……と、インタ−ネットでホ−ムペ−ジを開いて、……病気に負けないで……と、呼びかけていらっしゃる新聞記事だったのです。
http://www.bc.wakwak.com/%7Eyyy/
私の頭の中で、この苦しみから救われるのではと、ひとすじの光を見ました。
私も、パソコンをして見たい………。
パソコンに挑戦することにより、この苦しみから逃れられるのでは……。
私は、難しいパソコンに挑戦することにより、この苦しさから逃れたいと、心から救いを求める気持になっていったのです。
でも、全くといってよいほど機械類に弱い私が、果たして難しいパソコンを憶えることができるのかと自信がありませんでした。
パソコンの説明本を読んでも、殆ど理解できなくて、最初は投げ出してしまいそうになりましたが、一つ、一つキ−ボ−ドを打ちながらの努力を続けていくうちに、私自身の喜びにつながっていることが実感できました。
インタ−ネットの素晴らしい情報を、次々と検索ができる様になりました。
色々な病気に悩む方々のホ−ムペ−ジで、心からの交流をしておられるのを知り、私も、苦しい心の中を聞いていただくことにより……救われていきました。
また、花々を心から愛されて育てておられる……素晴らしい方々との交流にて、私の心は、一日、一日と癒されているのだとわかり喜びを実感したのです。
こんな素晴らしい人々の出逢いが、インタ−ネットの上でおこなわれていると知り感動した私は、デジタルカメラにも挑戦をして見たいと思うようになりました。
デジタルカメラにて色々な風景を写しながら、私自信が……生きている……と深く実感をする様になり、また、心からの喜びにつながるようになりました。
私は海岸にたたずみながら、山陰で最高峰の大山を眺めるのが大好きです。
この素晴らしい風景の大山を、デジタルカメラで表現ができればと思いました。
そして、潮風を胸一杯に吸いながら、波しぶきをたてている青い海を眺めていれば、心のやすらぎが得られるのではと救いを求めていました。
私は、海岸にたたずみながら……時間を忘れて、どこまでも続く広大な海を眺めているのが、子供の頃から好きだったのです。
デジタルカメラで、可憐な花々も写していくうちに、心から感動をあじわい、美しい花々の姿を、デジタルカメラで表現をしたいと思うようになりました。
そうすることにより、私自信が苦しい日々のなかでも、楽しさを見つけていたのです。
毎日……涙を流していた私は、ふと、泣かないようになったと気がつきました。
今でも、日々……胸の苦しさにつきまとわれます。
この胸の苦しさから逃れられない……と悲観をして、喜びの無い日々を過ごしてきた私なのですが、インタ−ネットの世界を知ることにより、心から……喜びを感じて、生きていると実感できるようになりました。
いつも、私を支え続けてくれる家族達にも、心から「ありがとう」と感謝をしています。
そして日々、明るく過ごすようになった私の姿を見て、家族達も心から喜びました。
いつも、お世話になっている先生方に、「16年ぐらいしたら、注射一本で楽になれますから」と、励ましを受けながら、一生懸命に治療をしていただいています。
一日、一日と、自分自信の体を、少しでも楽でいたいと努力を続けています。
果たして私が、そんなに長く頑張れるのかと思いますが、生きている限りは日々、楽しく生活をしたいと心から願うようになりました。
私は、生きているあかしとして、これからも風景写真を撮り続けたいと思います。
              (専門医学用語は記入しておりません)